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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)767号 判決

上告人

長友一孝

右訴訟代理人

南逸郎

藤巻一雄

横清貴

被上告人

尾野忠夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人南逸郎、同藤巻一雄、同横清貴の上告理由第一点について

民法七二四条所定の三年の時効期間は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つた時から進行するが、右の時効期間の計算についても、同法一三八条により同法一四〇条の適用があるから、損害及び加害者を知つた時が午前零時でない限り、時効期間の初日はこれを算入すべきものではない。これと同旨の原判決の判断は正当であつて、原判決に、所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点について

原判決は、その判文に照らすと、被上告人の反訴訟請求は被上告人の損害賠償請求権の一部についてのみ判決を求める趣旨を明示した一部請求には当たらず、右反訴の提起は被上告人の損害賠償請求権の全部を対象とするものであるから、右請求権の全部について消滅時効は中断されている旨判示したものと解されるところ、右認定判断は、本件記録に照らし正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治)

上告代理人南逸郎、同藤巻一雄、同横清貴の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな民法七二四条の解釈及び適用を誤まつた違背がある。

一、原判決は、民法七二四条所定の三年の時効期間は民法一四〇条の原則にしたがい同条但書の場合にあたらない限り初日を算入しないでこれを算定すべきものと解するのが相当であるとし、この場合について初日をも算入して時効期間を算定しなければならない特別の事情は、みいだしがたい、と判示している。

二、しかし、民法七二四条所定の三年の時効期間の算定については、民法一四〇条の例外として、初日を算入してこれを算定すべきであり、その理由は次のとおりである。

(一) 不法行為による損害賠償債務は、法律の規定によつて発生するものであるから、一般には期限の定のない債務として成立し、その遅滞は、民法四一二条三項の原則にしたがえば「履行の請求を受けた時」即ち催告のあつた時から遅滞を生ずる、と解すべきものである。

しかし原判決の指摘するとおり、不法行為による損害賠償債務については、遅延損害金の起算点を不法行為の時とし、この時から遅延損害金を附すべきものとされており(大判大正三年六月二四日民録二〇輯四九三頁)、その理由としては、客観的な損害賠償の制度としては、請求の遅速によつて差が生じるのは不当である(加藤、不法行為、法律学全集二一九頁)という沿革と公平の観念による(我妻、新訂債権総論、民法講義Ⅳ、一〇五頁)ものとされている。

(二) ところで原判決は、時効期間の算定にあたり初日を算入しないことと、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金の起算点を損害の発生した即日と解した場合との関係が一応問題となるとしながら、損害の発生した日からただちに遅延損害金が生じるのは損害賠償債務の履行期が到来し催告を要しないで履行遅滞の状態になるためであつて、被害者が損害及び加害者を知つた時すなわち損害賠償債務の消滅時効が進行を始める時とはもともと関係がないのであるから両者をしいて関連づけ統一して解釈する必要はない、と判示している。

(三) しかし前述のとおり不法行為による損害賠償債務が、一般原則の例外として成立と同時に催告を要せずに遅滞を生ずると解する場合に、一般原則による債務の消滅時効の起算点と損害賠償債務のそれとの関連を検討しなければならないことは明らかであり、原判決が説示する理由によつて両者をしいて関連づけ統一して解釈する必要はない、とは到底いえないのである。

そこで右の両者の関連を検討すると、催告による遅滞の法理にしたがえば、期限の定めのない債務の場合にその遅滞は、催告の到達した翌日から生じるものであり、したがつて催告を受けた日(履行期の到来した日)に履行すれば遅滞による賠償責任はない(大判大正一〇、五、二七民九六三頁、我妻、前出一〇四頁)ものとされる。換言すれば、期限の定めのない債務につき消滅時効が進行を始めている場合(催告により履行期の到来した日の翌日)には遅滞による賠償責任が生じているのである。

ところで不法行為による損害賠償債務は、成立と同時に当然遅滞にあることは前述のとおりであり、債務者が即日これを履行したとしても遅滞による責任を免れることができない。

したがつて期限の定のない債務の消滅時効の進行との均衡上、不法行為による損害賠償債務(本質的には期限の定のない債務である)が成立と同時に遅滞となり、且つ損害及び加害者を知つたものとして民法七二四条所定の三年の時効期間が進行を開始する場合には、その初日を算入して算定すべきものである。

右の結論は実質的考慮に照らしても妥当と考える。即ち不法行為による損害賠償債務が成立と同時に当然に遅滞にあると解される理由が、前記のとおり主として沿革と公平の観念によるものである以上、債務の消滅時効期間の算定にあたり初日を算入して算定することが公平の観念に合致する所以である。

不法行為による損害賠償債務の消滅時効期間の算定にあたり、初日を算入して時効期間を算定する多数の下級審判決が存在するが、これらの判決は、右の実質的考慮にもとづき初日を算入して算定することが両者の関係を合理的に関連づけて考察することができかつ公平の観念に照らして相当であると判断されたものであると容易に推測できるのである(最高裁判第二小法廷昭和五四年九月七日判決(昭和五三年(オ)第一一九八号)の原審東京高等裁判所昭和五三年七月二一日判決(昭和五一年(ネ)第二七七八号)交通事故民事裁判例集一二巻五号一一七三頁、東京地裁八王子支部昭和四六年七月八日判決(昭和四四年(ワ)第一〇六二号)交通事故民事裁判例集四巻四号一〇三八頁)。

(四) 以上述べた理由により、不法行為による損害賠償債務の時効期間の算定にあたつては初日を算入してこれを算定すべき合理的理由が存するのであり、民法一四〇条の規定の適用はないというべきである。

第二点 〈省略〉

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